【ブロマガ】バッドエンドという名のフォアグラ【ヤマギシ06】
お早うございます。今日は。今晩は。
貴方のお耳のww2担当、絵を描くKbk-wz タンタル、ヤマギシ06でございます。
同じ映画でもハッピーエンドとバッドエンドなら前者の方が売れます。まあ当然で、こんなクソみたいな世の中でクソ泥沼地獄作品なんざ観たくないからですね。うん。分かるぞ。
ハッピーエンドは言うなればこの世を目隠ししてくれる優しい夢です。フィクションの価値の一つはそこにあります。
どうせなら夢を見たいじゃないですか。明るい、優しい、努力が報われる作品。特にキャラクターに没頭させる力を持った作品ならば「キャラクター(=視聴者)を幸せにする」のは半分義務。
でも、それだけが物語ではない。
戦争映画はお好きですか諸兄姉。
映画が発明されたのは1895年のフランスです。
第一次世界大戦後なのです。
「最大最悪の戦争」として世界に刻み込まれ、人間は強くなりすぎたと、技術で隣人が殺し合うのは狂っていると人類が自戒した後にできた芸術が映画です。
「戦争」を題材に多くの作品作られました。
映画監督は言い訳のようにバッドエンドにします。
「私は戦争賛美者ではない。平和主義者だ。戦争の残虐性を伝える為にこの作品を作った。頭のおかしい危険思想者じゃない。」
視聴者も泣きながらシアターから吐き出されます。
「あぁなんと酷い話だったのでしょう。やはり戦争など許されるべき行為ではない。素晴らしい作品だった。こんなに戦争の恐ろしさを伝えてくれるなんて。」
では戦争しか楽しめない人間は???
結局、戦争映画が必死に世の中を変えようとバッドエンドを横行させたところで、第二次世界大戦もベトナム戦争もイラク戦争も起こったのです。人間は私利私欲のために争い醜く技術をぶつけ合い人命をゴミのように撒き散らして国を潰していく生き物だったのです。
戦争映画そのものがバッドエンドルートじゃねーか。面白いものです。
歴史にエンタメを見出すようになると、フィクションは同調する物ではなくシルバニアファミリーの人形を動かしている感覚になってきます。
この感覚で作品を見ることはもしかしたら作者の意図するところではないのかもしれませんが、自分はバッドエンドも、バッドエンドを作る作者も、バッドエンドで泣き叫ぶ観客も、バッドエンドに消費された題材も好きです。
「バッドエンドを面白がる人の感覚が分からない」と友人が言っていたので、今日はちょっとだけ違う視点をご紹介してみました。
最近は不景気だからかバドエン物語が見当たらないね!「市民ケーン」とかおすすめだぜ!
私信
りっしんべんさんとの議題面白そうすぎるじゃないですかあれまさん。のれんと霧の対談聴きたいです!
とりあえず先ずはガルさんに散々いじめられてください上の方から笑いながら見てるんで。よろしゅうおなしゃす。