【ブロマガ】道徳倫理に唾をかけろ【ヤマギシ06】
お早うございます。今日は。今晩は。
貴方のお耳のww2担当、絵を描くヘッケラー&コッホ vp70、ヤマギシ06でございます。
先日こんな会話がありました。
あれまさん「道徳心や倫理は議論において強いよ」
ヤマギシ「無いもので勝とうとしても無理なので私は合理と思想で勝ちにいきますよ」
あれまさん「そういうとこや」
どういうとこやねん。
おそらく「道徳心や倫理を利用して議論を見ている皆さんにパフォーマンスが出来ないからお前は負けるんや」ぐらいの意味合いではないかなあ、と自分は捉えたのですが。
ヤマギシ06という人間は道徳倫理が嫌いです
正しくは「道徳倫理を疑わずに行使する」のが大嫌いです。
常識は20歳までの偏見の集大成とは良く言ったものですが、「道徳倫理」ほど偏見とそこに属したコミュニティに左右される物差しもありません。
例えばDVに耐えて耐えて耐えかねてようやく配偶者から逃れられた方にとって「離婚」は自分を助けてくれた正義のシステムでしょう。他人に肩入れしすぎず法という力で無用な責任を破棄することを倫理にしているかもしれません。
しかし、両親の離婚によって軋轢を知り家庭が破壊されそのツケを全部払わされた子供時代を経験した方が「離婚」は絶対悪だ、責任を取ることこそ倫理の本質だ、と思っていればそれはそれで倫理ではないでしょうか。
倫理は「個人の価値観に依存するが、多くの場合は個々人の道徳観に共通性や一致が見られる。」とはウィキペディアからの引用ですが
この共通性や一致を見つける行為こそ「個人の価値観の否定では???」という気持ちが拭えません。
勇者ならば盗難は許されます。戦争の場では殺人は栄誉です。
なーにが社会的善だよ。
とはいえ道徳心や倫理を利用できるのは才能です。私は道徳心や倫理を大切にするみなさんを尊敬しております。さらにそれを美しく組み合わせて論を展開しエンターテイメントを提供するあれまさんのことを心から敬愛しております。
ただ自分は現状、道徳倫理が見えねえんだよ、とほざきながら治らない反抗期を抱えてヤクルトを飲んでます。
早く来ねえかな成長期。